RED YELLOW&BLUE ELECTRIC MUSIC LIFE/ bluedelic

音楽と生活 HP⇒ https://bluedelicm.wixsite.com/bluedelic

街を駆け抜け、時代と人を彩った音楽

お題「気分転換」

 

 こんにちは

 

 転調というか、前回話題が

過去最大級で重すぎたので

音楽への話題へ切り替えです。

 

www.uta-net.com

 昨夜、

 

 ふと思い出した曲。

  物思いにふけて、落ちるとこまで落ちて、

落ち着いたら上がってきます。

ギターのリズムがあまり聴かないビート

そして渋いオルガンがすごくいい感じです。

youtu.be

  

 

 

みんな同じです。

 

 

 

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 ↑ちょっと共感しました。

 

 今は、平時ほど、あまり街へ出歩く事ができないので

街をテーマにした音楽です。

 

 考えてみたら、このような曲が発表されたような時代は人に会うことは

出来たが通信は大変だった、

今のコロナ禍は、通信は出来るけど、

逆にあまり会うことはできないし、近くてもソーシャル〜で人との距離も

遠い。

 

 結果的に、

心の奥底で感じている事は当時と

同じかもしれないですね。

 

あと、40代以上の音楽が

TVでもめったに 聴けなくなりましたので

この世代以上の音楽は今では新鮮で、

すごくエネルギーが入ってますし、

それぞれ思い出が蘇ってくるのではないでしょうか?

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

時代を反映し、街を駆け抜けてきた音楽。

 

 

youtu.be

 時代と共に彩りを与えた音楽。

 コロナで愛さえ語れない世の中。

youtu.be↓体が動くうちに、生きているうちに

つまらないプライドなんて無くして

仲良くやったらいいのに、と思います、

若さがもったいない☆こんなにファンがいる。

なんだか穴が空いてる感がするのは世の中にsmapが足りてないのかも。

youtu.be

youtu.be

youtu.be  語り出すAメロ?にほろっときます。

 

youtu.be自分が過去に描いた未来予想図と現在合ってますか?

 

叶ったのもあるし、叶わないのもいろいろありますね。

 

半々かな。

 

 

youtu.be

 コロナになって街のBPMが下がってきてるように

思えてきてますので(もちろんウイルスでしょうがないのですが)

音楽だけでも上げ上げで♪

youtu.be

人の気運を見て、その都度感じて、 

 人が動かない時は動き、

 人が動き出したら私は動かない。あまのじゃく、です。

 

力抜いて、やる気だして、どうでもよくて、がんばったり、

気まぐれであり、いまいちでもありながら、たまにラッキーに当たる、

それが人間だもの。それこそ人間だもの。

 

 例えば、

上に書いた言葉をそのまま鵜呑みにして

こういうのをコンピューターに読み込ませたら

そのまま訳する。

 

 いい加減になってしまうけど、

 ニュアンスなんです。バランス力。雰囲気なんです。

人間が出来る事は、雰囲気を読み取る力なのです。

 

世の中、お互い足りない

情けなさ、カッコ悪さの助け合いです。

youtu.be

 最近、「はやぶさ」or 「忍者」どちらに名前にするか

決めてないのですが、曲を作り録音しました。

 基本構成15分ほど、アレンジなどは、トラックのON OFF

で、リアルタイムアレンジ、全部で3時間ほどで出来たかもです。

 ドラムンベースの細かいリズムを基本に、縦ノリなROCKドラムを

かぶせたような簡素な曲。

 そして、和風なテイストを入れた人間のBPMを上げるような曲です。あ

イントロ は山のイメージから始まり、早足で駆ける

忍者でもあるような音です。

bluedelicm.wixsite.com

〜祖父(戦没者)の足跡を追い、出会ったメッセージ~

 

www.bbc.com

gendai.ismedia.jp

こんにちは

 

朝晩、気温が少し下がり肌寒さがありますね。

さて

最近ちょっと音楽とは関係ない事を書いてますが

この前、上の不発弾のニュースがありました。

 

最近、この人間魚雷の回天の事も知りましたが

もうちょっと戦争について掘り下げた事を

書きます。

 

今回は、ほぼ自分のための記事ですが、

 最後には、どなたにでも通じるというか 戦争体験者がどんどん亡くなっていく中、 戦争の記憶がどんどん薄れていく現代人、 今現在のコロナ禍でいつの間にか 持って行かれない方向性、趣味やビジネスの前に 最前で注意しなければいけない事に繋がる内容になっています。

2020-10-15から1日間の記事一覧 - RED YELLOW&BLUE ELECTRIC MUSIC LIFE/ bluedelic

前回の記事で、あんでるせん というマジックを見せる

茶店の事を書きましたが

実は、この喫茶がある川棚という地に

 

特攻隊の訓練所があったみたいですね。

 

 こうやって、点の情報がつながっていくシンクロに

自分は何事もすごく興味が湧いてくるのです。

 

ここのページに↓

www.asahi-net.or.jp

 太平洋戦争中、小串に置かれた海軍特攻隊から飛び立ち遠く南海の果てに散った三千人もの隊員を顕彰する碑です。南海の激戦地コレヒドールと沖縄の石をつかって建立されました。
今でも訪れる人の姿が絶えません。

【全国の若人で震洋特別攻撃隊、伏龍特別攻撃隊を編成。震洋特別攻撃隊は直接敵艦に体当り。

全長3メートル。時速25キロ以上。約7000隻。
伏龍特別攻撃隊は水中から奇襲攻撃】

 

と書いてありました。

 

 あっ、、

最初に書きますが、前の自分なら

こういう話題は避けるというか

興味もぜんぜんなく、少しだけ、

かすかな☆チャラさ☆(ポップ)を求めている人間で

こういう重いテーマは興味もありませんでした。

数ヶ月前の自分でも興味なかったです。

 

 が、戦没者の祖父の事が気になり、調べているうちに

まるでドラマなどで

”親が実の親ではなかった”みたいな衝撃と同じくらいの

アニメでいう壁紙が突然白くなるような

なんとも言えない喪失感、悲しさというか、感情が湧いてきました、

知らぬが仏だと思うくらい。

 

 自分の祖父が戦争で亡くなった話を前書きましたが

少し記憶が定かでない事もあり、もう一度確認のため、

 親に尋ねたり、

ちょっとネットでもいろいろ調べてみたのです。

 

 あれから仏壇の奥にある書類を見たら

祖父の昭和20年くらいの戦争時に書かれた遺書などあり、

じっと見ていたら、どこの、どの部隊へ居たのかも書いてあり、

ネット時代、もしかして検索したら出てくるのでは

と思い検索かけたら

 

いろいろ表示され、出てきたのです。

すごいですよね、世の中調べると必ず出てくる不思議。

もしも人のウケ狙いだけで世の中が構成されていたなら

こういう情報はないと思うと感謝です。

 

~部隊とか、数字で○○部隊とかも書いてあり、

ネットで調べてみたら出てくるのですよね、

 

びっくりしました、

 

こうやってリアルに出てきて

今までぜんぜん気にしていなかったことが

リアルにあった事なんだって、

調べれば調べるほどリアルな情報が出てきて、ちょっとつらいものがあります。

 

(今まで何も知らずに生きていて、知らないほうがいいのか、

忘れたい と思えるほどちょっとリアルです。)

 

 で、家に残っている祖父の招集された時に書かれた遺書などの

直筆の文献を見ていたら、

 

祖父は大阪から、最初は広島の暁部隊へ入り、宇品という所に配属、

www.cf.city.hiroshima.jp 最初は部隊で食料供給のほうをやっていたみたいですが

数ヵ月後さらに召集がかかり、そこから何処へ配属されたのか

わからず、祖父の最後の手紙の消印が長崎県だったそうです。

 

で、戦後、2年くらいたっても国からも何も連絡がつかず、所在もわからず

はっきりした情報も不足し、国の機関へ問い合わせたら、

 書類上では、フィリピンのレイテ島の開戦で戦死したとの

通知で、この戦いは資料によると昭和20年 7/1日 で、

この戦いの参加者は、

ほぼ全員玉砕したとのことで、自分の祖父も

この時に亡くなったと”記録”ではそうになっています。

 

でも漠然とした情報で、祖母は、

祖父がもしかして何処かに生きているかもしれない、

何十年も消息不明ですので、本当はどこかで生きていて

くれれば、という期待も少しあったみたいです。

 

 祖母が生きている時、祖母が

フィリピン、レイテ島まで、

現地へわざわざ手がかりを探しに行ったこともありいろいろと調べましたが、

手がかりも何もわからなかったそうです。

  自分も、ネットでレイテ島の戦いの記事、動画を見ていたら、

戦闘機の特攻隊が、真下に垂直に戦艦に体当たりする攻撃があり、

その映像を見ていたら、これは映画でなく、ひょっとして

祖父が参加していたかもしれない、

どこかでひょっとしたら映像に出るかもしれない

とてもリアルに自分ごとのように思えてきました。

(当時のアメリカ側からの視点の記録動画が最近、ネットでたくさん見れるので、

何か出てこないか、つい見てしまいます。)

 

そして、現代の自分達が特攻隊について思うことが、

アメリカも、命を捨て、捨て身で攻撃する神経が理解できないと、

書いてありました。↓人の命を武器にするなど現代からすると

まともな神経ではないですが、当時の気風が本当にわかりませんです。

レイテ島への上陸作戦を実行したレイ・ターバック大佐は「この戦闘で見られた新奇なもの」と表現し、「敵が100機の航空機を保有している場合、自殺的急降下攻撃に用いて艦船100隻を炎上させるかもしれない」と考えたそうです。

連合国軍第3艦隊の司令官を務めていたウィリアム・ハルゼー・ジュニアは、「切腹の文化があるというものの、誠に効果的なこの様な部隊を編成するために十分な隊員を集め得るとは、我々には信じられなかった」と証言しています。

honcierge.jp

youtu.be ↑戦艦へ特攻する映画ではない、真実の映像です。

 

それで、話し戻り、数十年前の戦死した祖父の情報があまりにないので、

ある時母が、霊能者とうかイタコさんというか、

そういうのがわかる方へお尋ねする機会があったみたいで、尋ねたら

  その方が言われるには、

 

「この方は、長崎県の沖のほうで亡くなられた。

海の中に沈んだ姿、魚雷?船で沈んだ姿が見えます」と言われたそうで、

その時言われた言葉をメモしていたみたいで、

 

今自分がそのメモを見たら、

日付けと亡くなった時間まで書いてあり、

(国の正式な死亡報告書には、昭和20年 7/1 と書いてありますが、)

 

こちらのメモには、本当に亡くなった日が

 

昭和20年 2月1日と書いてあり、

 

恐る恐る 今、ネットで

”特攻隊” ”昭和20年 2月” で検索してみたら出てきたのです。

 

kamikaze.wiki.fc2.com

 ページに1/31日 ↓このような記録が出てきて、

 

1.31 特攻艇
-
- - - - - 駆潜艇
一一二九号
命中
沈没 -

 

 

 で、特攻艇ってなんだって思い検索したら

こんなのが出てきて、ボート型の爆弾載せた玉砕の船だそうです。

www3.nhk.or.jp

その特攻の玉砕するボートの訓練所があり、

川棚って出てきたのです。

最後の祖父からのハガキの消印が長崎県でしたので

ピンときました。

( 特攻隊にも戦闘機、小さい潜水艦型、

爆弾積んだボートタイプがあったみたいです。)

 

 この記事にも書いてありましたが、

戦争から生き延びた方のインタビュー見ていたら

あの時は、どうにかしていた、今考えたら

変だった、と書いてあり

 

 なんだかな、こんなにも人は集団心理で

操作されたのかなって、虚しくなりました。

  

 そして、調べているうちに

うちの祖母も、国の記録では大雑把でレイテ島での決戦とだけで

はっきりしていなく、

霊能者でも本当か証明することもできない、真実を検証することも

できないので、

 そこでまた、

ふと、”戦没者”で”行方不明者”ってどのくらいいるのだろうって

またこの2つのワードで検索かけてみたら、また出てきました。

シベリア抑留 - Wikipedia

シベリア抑留

というワードが出てきて、

 

第二次世界大戦終戦後、武装解除され投降した日本軍捕虜らが、ソビエト連邦ソ連)によって主にシベリアなどへ労働力として移送隔離され、長期にわたる抑留生活と奴隷強制労働により多数の人的被害を生じたことに対する、日本側の呼称である。

ソ連によって戦後に抑留された日本人は約57万5千人に上る。厳寒環境下で満足な食事や休養も与えられず、苛烈な労働を強要させられたことにより、約5万8千人が死亡した[1]。このうち氏名など個人が特定された数は2019年12月時点で4万1362人。

 

 終戦後、ソ連に捕虜として連れ去られた人が、こんなにいるんですね、

こんな歴史があった事ももうまったく知らずに、

自分が本当に情けなくなりました。

 

 

www.mhlw.go.jp

先の大戦中に海外で亡くなられた方の死亡認定は、各部隊長からの死亡報告を基に行われていました。

しかし、大戦末期は内地との通信が途絶するような状況で死亡報告できないケースも少なくなく、その場合は戦後、元の上官や同僚が引き揚げてきた際に聴き取りを行って死亡認定の事務処理をしていました。

この聴き取り資料は、亡くなられた状況や病気の様子などが記載された貴重な歴史資料であるため、閲覧できるようにしました。

《資料の概要》

  •  資料総数 延べ4,296名分

 

でその中で名前がわかった行方不明者が約4000人いました、

そこで検索かけてみましたら 

 祖父の名前に似た人が出てきて、この可能性もあり、

またこちらへ電話で尋ねてみるつもりです。

 

 

 

youtu.be

youtu.be

 第二次世界大戦って、原因や経過って現代人は知らない方が

ほとんどかもしれませんが現代に生きてる者は

一度は見たほうがいいかもしれません。

 

細かいことをなくし、

この戦争を簡潔に書くと、

当時は日独伊で同盟を結んでいて、

景気や政治が最悪で経済的に困窮していたドイツと

イギリスとの戦いからはじまり、

アメリカに応戦を頼むけど、

 アメリカは中立と法律で決めていたが、

アメリカが参加するきっかけとして、

日本に真珠湾を攻撃させたそうです。

 

  で、当時の同時代の日本は、同じように、

世界恐慌の影響を受け↓国内がこのようになってたそうですが、

 

なんか コロナ で経済がまわってない今の状況と似てませんか?

 

太平洋戦争の原因~石油でも満州国でもなく~

1929年の世界大恐慌の波が日本にも押しよせ、未曾有の大不況に陥ったのである。

食糧難で欠食児童が増え、農村では娘の身売りが横行し

、餓死者まで出ていた。

特に、農村部は悲惨だった。農作物の価格が暴落する一方、

工業製品の価格が高止まりしたからである。

ところが、政府は失策つづきで、国民の不満はつのるばかりだった。

 

 で、また上のページより借用すると

■国民の暴走

ただ、「太平洋戦争の原因」を考えるとき、ぬぐいきれない疑念がある。

軍部の暴走?

そうではなく、「国民の暴走」。

たとえば、日本が満州事変を起こし、満州国を建国し、国際連盟を脱退し、国際的孤立を選んだとき、国民は政府と軍部を非難したか?

ノー!

国民は「ちょうちん行列」で祝ったのである。

さらに、国際連盟の総会で、外相の松岡洋右が、

「日本政府は日中紛争で、国連に協力したのに、もう限界だ」

と大演説をブチあげると、帰国後、国民的英雄となった。

こんな大衆に迎合し、戦意を煽ったのがメディアだった。有識者で、これに異を唱えたのは、東洋経済新報の石橋湛山(たんざん)ぐらいだった。

当時、松岡洋右が演説でブチ挙げた、

「満蒙(満州と蒙古)は我が国の生命線である」

が国民の流行語になったが、石橋湛山はこれに真っ向反対したのである。

「我が国の満蒙の特殊権益を無理押ししても、結局は、中国民衆のナショナリズムにつぶされる」

これは、単なる道義論ではなく、冷徹な国益論であることに注意が必要だ。だからこそ、一聴に値するのである。

それゆえ、太平洋戦争の(間接)原因を、政府と軍部だけに押しつけるのはフェアではない。むしろ、政府は、国民とメディア、つまり民意を無視できなかったのである。

 

 どのようにして戦争になったのかが書いてあり、

同じことをしないように、

繰り返して不幸の連鎖が起きないように

いつの間にいろいろと巻き込まれないように、

しっかり知っておかなければいけないと思い

今回書きました。

 

 

youtu.be↑ BGM無しで無音で見たほうがいいかもです。

www.youtube.com最後に 調べているとき特攻隊について映像があり見てみたら、

 当時の特攻隊の人は、いやいやで行ってなかった、国のために誇りをもっていた

みたいな事を言われていますが、

当時は現代みたいな情報なんてもちろんなく

戦争の全体図なんてわからなかったと思いますが、

 誇りをもって特攻に自ら志願と言われると

どうしたらいいのか、となんとも複雑になります。

(上で争いの指揮する人は安全なのです、誰かは指揮しな

ければいけない。下は何も知らずただ純粋に行動する。)

 確かに、現代の若者は、当時と比べると、

のほほんと生きていると思いますが、それと戦争することは関係はないと

思います、けど、この当時の特攻隊の方々の志、心意気、

自分達の生き様が、後の世代の日本人の生き方に影響を与える、頑張ってくれる

という言葉が胸を打ちました。命をささげて心意気を伝えた行為。

 戦争や特攻隊も本当に馬鹿げたやり方でよくなかったですが、

この時代に生まれた魂は、短い人生でも

何か伝えるために生まれてきた方々ばかりかもしれない、と思い、

実際、自分が調べていくうちに心が洗われた感じになりました。

 あと、環境問題ってこういう特攻隊の方々の志と似てるようにも思えてきます、未来の世代への橋渡し。

今度、もしも あんでるせんへ行く機会がありましたら、

この川棚の特攻隊の記念碑までお参りに

行ってみたいと思いました。

 

 再度、この歌「教訓1 」は、現代人にもですが、

戦没者への子守歌のようにも思えてきました。

これってひょっとして 現代人へのメッセージではなく、

もう終わったよ、頑張らなくていいよって魂への鎮魂歌かもしれないです。

まだ若い兵隊さんが心の中で、本当の本当は、 こんな言葉をかけてほしかった

かもしれない、そう思えてきました。 当時はけっして言えない言葉の数々、 赤ちゃんが寝付くように亡くなった魂への鎮魂歌。

www.uta-net.com

 

 

 

youtu.be

webronza.asahi.com

 参考資料。日本兵として戦った朝鮮人の人もいたみたいですね。

今回、いろいろ調べているうちに 普段、年配者が自分の職業とは関係ない社会政治問題を扱ったり、討論している姿はどちらかというと、傍観する事が自分はわりと多かったですが、政治とか周りが気がつかないうちに、サラッと方向性を決められて、いつのまにか争いを仕向けられたりしたり、よく討論する事、冷静になること、こういう事を知る事もとても大事なんだというがよくわかりました。

 

 

 

youtu.be戦争前の日本だそうです、とても風情がある景色、町並みです。

タイムマシンで時代を覗いているような鮮明な映像と音質です。

よい風景です。

 今回の選曲、ちょっと時代が

違うかもしれませんが。

youtu.be

 もう少ししたら、

また少しのチャラさで、音楽へ戻ります♪

 (今回はすごく大事な事でしたので)

 

toyokeizai.net

 

 

globe.asahi.com 

外に能力を求めるか、内なる能力か。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%92%E7%BE%8E%E4%BA%AC%E5%B9%B3

www.sponichi.co.jp

昭和歌謡で、よくお名前を見ていました。

 名前はよく見ていましたが、どれが代表曲なのかは

世代的に思い出せないですが、

 「17歳」という曲は、いいなと思いました。

 

ご冥福をお祈りします。

 

 この曲は、歌メロデイーに対して、フレーズがレスポンスしていて

(コール&レスポンス)これが刹那かわいいんですよね。

youtu.be

上のwikiの文章に筒美さんが

「君はメロディーが弱い」と言われた事

 

そして、ご自身が

「心に染みる歌を書きたいと思ったことはない」

とありますが、

言われたい事が今ならよくわかります。

 (鼻歌や、口ずさむようなPOP感覚の意味だと思います。)

 

 心に染みる感覚を否定するって

昔の自分なら頑固に否定、 わかりませんでしたが、

 

今、その感覚がわかります、というかそうなりたいけど、

なかなか出来ない感じです。

 

 POPとは、着飾ったりよそ行きの言葉でなく、

 普段、日常で家で話している言葉だと思いますので、

普段の会話、言葉の抑揚がそのままメロディーを乗せる感覚だったかもしれません。

 

文章というより、つぶやき、ツイッター感覚の話した事をそのまま曲にする感覚で書いていかないとあんなに沢山音楽は作れないかと。

 

たぶん煮詰めると、 もうポップではなくなるのですよね。

 

作曲、編曲、作詞家ランキング

 

 

最近思いますが、小室さんも筒美さんもですが、

すべてが完全に音楽畑でなく、音楽の専門機関や大学出身ではないのですが

 筒美さんは経済学、小室さんは社会科学部、

人間の大衆的な心理、感覚を掴む事って

大きな違いだったかもしれません。音楽性がどうより、

 

POPSは、そちらのほうが比重が大きいのかもです。

 

( にしても、心に染みる感覚は、

小室さんのほうが個人的には強い印象、感じです。

やはりいい意味でプログレやクラシカルな要素をなんだかんだ捨てきれない印象でした、どこかにワビサビを入れてしまい、自分自身もクールになりきれないというか

個人的には単調なものは好きにはなれないです。)

 

 あと、昔から思ってましたが、CD売り上げ作家ランキングに出てくる方々で

音楽大学などの専門で学んだ人がいないのが

不思議でしたが、学ぶと

たぶん、POP感覚がわからなくなるんですよね。

 

学ぶとそれを使ってしまいたくなり、 いつもタキシードやドレス着たような音楽を

つい作ってしまう。

 

 ですから音楽を専門に学ぶ所は、

このような世の中のポップ感覚、カジュアルな感覚を掴む、養うことも

大事なんだと、今は思います。思えます。

 

それとも、情報がなかったから 種がわからない時代だったから

出来た時代だったのか。

 

 これからの時代は、それを踏まえて

また違う感覚が出てくるかもしれませんが

 

要は

 専門分野 + 社会的なもの(実用性)

 

技術屋さんだけでなく、感覚的なのも大事な時代へなっていくのでは、

と思います。作ったものは実際自分で、

自分の生活で試してみる。

(いや、前からもうなっているのかもしれませんが。)

  音楽を学ぶ者の立場、リスナーの聴く力を考えると、なんともいえなく、、

多産型、難産型、それぞれありますので

コメントしづらい 複雑さが多少あります。😅

 

news.nifty.com

聖子さんの曲調とは ちょっと合わない感覚もあるような

気がしました。あと、いつの時代も派閥や人間関係があるのですよね。

 POPというより、結果論ですが売れた楽曲が聖子さんの場合

ロディアスな路線がどちらかというと強いような。

新手の作家を起用してよかったのではと思います。

 

 

www.comic-on.co.jp

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機材整理&等身大の位置。

 

 

最近、音楽を作っていませんが

(というより機材整理中)

ケーブルだらけの部屋や、そこまで多くはないのですが機材を

大幅に整理しています。

 

ピアノは常にスタンバイ状態で

思いついたフレーズは(アイデア帳といいますか)

絶えず録音してます。

 

 不思議なのですが、シンセサイザー、キーボードより

生ピアノの前のほうがアイデアが湧くのですよね。

 

 触って物理的にすぐ音が出るっていうのは

いいですね、電気がいらないし。

 生ピアノが(ある程度持ち運びできるシンセ、キーボードサイズ)

で発売されたら売れる気がするのですが、あの大掛かりなサイズは

いい音を共鳴させる意味もあり、

音を出すための一番の特徴であるのですが、

アップライトピアノでさえ大きすぎて移動させたりするのはすごく大変です、

 すごく小さい生ピアノって開発されないでしょうかね。。。ピアノが

こういう大きさに決まっている、という固定概念を無くしてもいいようにも思えて

きました。

 

(↓の機種は電気いりますが、こんな感じで電気いらないならいいなって)

youtu.be

 ミニ鍵盤でなく普通の大きさで、電気がいらないこんな

ピアノあればいいなと。こんな小さいなら

出音、倍音も小さく少なくなる可能性もありますが、

鍵盤で電気いらないで移動できたらいいなと本当にいいと思います。

 

生ピアノにはミュートペダルがありますが、

あれくらいに抑えた音でもいいですので、

電気いらないコンパクト生ピアノあればいいなと思います。

 

Wurlitzerやローズピアノみたいな簡素化した倍音構成でもいいですので、

とにかく電気いらない もの、本体が小さくなると必然的に出音も小さくなるかもしれませんが、それが長所になり 騒音対策にもなるかと。

 

youtu.be

youtu.be

で、外で大音量でやらなければいけない時に

ギターのエレアコみたいにアンプにもつなげる事もできる端子がある仕様、

スピーカーで鳴らせる端子もあったり。

(でも中身は弦を実際弾いているアナログ)

 

話は戻り、

 

久しぶりに機材などを整理していますが、

 

楽器の配置でけっこうモチベーションや操作性が変わり

楽器とシーケンサー(音楽用コンピューター)と、音源とミキサー、MTRの配置で

制作のしやすさってあると思うのです。

 

 人間工学といいますか、

正面にメイン鍵盤、右手側に音源、(利き腕の方につまみ操作など)

正面にミキサーなど、あとシーケンサーの配置など、

 セッティング次第で作業効率が落ちたり良くなったりする。

 

 

 なんにでも言えますが、

道具の配置って結構重要です。

もちろん配置が悪く作用する場合もあり、 それを置いておくと

すぐ脱線しやすくなったりするものもあり、、。

 

 機材を整理するときは、ベストな配置があるか

模索しながら毎回いろいろな配置に変えて考えます。

(物の配置の絵を描いたりしてあーでもない、こーでもないなど)

 

あと、今まで作った音楽の整理、ドライブ系とか、 アジア系、SF系、アウトドア系とか、 音楽も整理したい 気持ちです。

 

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青くなれなかったおじいちゃん

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

 

こんにちは、今回ちょっと個人的な記事で

湿っぽい話で出していいのか迷ってますが、、、

 

 自分の母方おじいちゃん

京都府の人間なのですが(京都市内ではありません、舞鶴まで行かないくらい)

 

 ○父方のおじいちゃんは自分が生まれる前に早くなくなっていて最初からいなく、

 ○母方のおじいちゃんは京都府の人間でしたが

 

第二次世界大戦で戦死、亡くなりました。

 

 

 祖母は就職で関西へ出て、おじいちゃんと結婚しましたが、

母達を産みましたが戦争で前述の通り未亡人となりましたが

長寿を全うし、数年前亡くなりました。

 

 祖母は戦争で疎開し(生まれた場所、現在自分も住んでる場所に戦争で

また帰郷、疎開してきたのです。)

祖母は再婚もしなく、ですから

 

自分にはおじいちゃんという存在がいませんでした。

 

 考えてみたら、おじいちゃん、という感じの存在がいなかったのに

今更気がつかされました;

 

(ばあちゃんは兄弟が多く、地元に兄弟がたくさんいたので、おじいちゃんの代わりがたくさんいましたので寂しさを感じさせなかったのです。

そもそもいないのが当たり前でしたので、まったく気になりませんでした。)

 

戦死したおじいちゃんの写真はあるのですが、そうは言っても写真では34~5歳の青年のままの写真ですので、自分より年下の写真のおじいちゃんを拝んでいるのですが

よく考えたらすごく不思議です。

加川良 教訓I 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 ↑↑  (こんな歌があるとは、数年前まで知りませんでした。)

今住んでいる場所は自分のライフスタイルと完全一致してますのでいいのですが、この歌のように、じいちゃんが逃げてたら、もしくは戦争がなかったら

自分が住んでいた場所、人生もぜんぜん変わっていたと思うと不思議です。

 

 時代背景で、当時は”男だから”、”お国のため”なんて

言われたら引き下がれなかったと思います。

 

 男のくせにとか言われる風潮で

度胸試しみたいなものだったような感じもあったかも

しれませんね。町内会の役割みたいな。それが常識的な考えだったら辞退することは

本当に無理だったかもしれないですね、それに戦わないと

他国に占領されると思うと争いは嫌いですが、

とてもとても複雑な心境になります。

 ↓

youtu.be(metafiveは、当初は尖がって角があった感じですが、この曲は角がとれた感じで

温泉に入っているような心地よさがあります。)

 

 じいちゃんという存在が、 自分が生まれた時から

最初からいなかったので悲しみという感情はなく、気持ちも茫然としていて、

だから国に責任をとか思うわけでもないのですが、ただただ茫然です。

 

命を投げ出さなければいけなかった人達の命が無駄にならないように願うだけですね。亡くなった方々がなんの為に命を、と。

 

今社会を動かしている世代の方々は戦没者の子供世代の方々かと思いますが、

自分より何世代も上の方々に願う事は、

遺族から希望があるならば(大変おこがましいですが)

戦争で国のために命をなくした記憶をけっして忘れないでいて

欲しいだけです。

 

あの世で、俺たちの命、何だったんだろう?と思われる事だけは。

 

youtu.be

TM NETWORK STILL LOVE HER (失われた風景) 歌詞 - 歌ネット 

松任谷由実 ひこうき雲 歌詞&動画視聴 - 歌ネット

 最近、YOUTUBEにおすすめで出てきましたが

  この歌は恋愛の歌に聴こえますが、不思議ですが、

残った者、

去ったもの、

交互に言葉が会話してるようで、

どちらの立場からにもいいように聴こえます。

そして若くして戦死し時間が止まった者から、

残した家族への思い、

または反対に、残された家族の思い

どちらからも響くような感じにも思えます。

 

(こんな解釈されるとは作者も思われてなかったと思いますが;)

 

男が戦わなく他国に占領されてしまう状況だったら

と思うと、平和的解決は生ぬるい考えも一理あると思いますが、

 どちらも戦意をなくしたら争いはそもそも起きないのですが、

どちらかが最初に疑えばお互い疑い始めますので、本当に本当に複雑です。

 毎年行われる全国戦没者追悼式に小中学生の時、

祖母と何度か一緒に行った思い出があります。当時は

夜行列車で旅行けると子供ながら楽しみにしてたのですよね、何も知らずに。

毎年、あれをTVで見ると祖母との思い出が蘇ります。

 

 

 そんな事深く考えもしなかったですが、

青くなれなかったおじいさんの代わりに

自分は偶然にも青なのかなって今思いました。

 

 自分の音楽名に青使ってますが、

そんな深い意味はなく単純に海や空のコバルトブルーが好きで、

音楽のブルーノートなどの意味で、命を育む前向きなブルーです。

生まれた時は既にいなかったじいちゃん、もうそのおじいちゃんの年齢をはるかに

越えた自分、じいちゃんの短かかった人生を取り戻すくらい

 

たくさん生きたい、いろんな経験したい、いろんな場所へ行きたい。

 

年下のじいちゃん、

短くても、命をつないでくれてありがとう。

 今更ですが、今気がつきましたが ”戦場のメリークリスマス”って

戦意をなくすような中和するような不思議な響きの タイトルですね。

 ↓人間の怒りが溶ける瞬間。

youtu.be あまり深く書くと思想の問題まで行き着くので キリがないの

ですが、お互い戦う意思がないなら争いはそれで終わりです。(お金もかからない。)どちらの国にも 正義があり、家族がある、国の立場で戦わなくてはいけないジレンマ。

  主義主張の世界は、自分がどれに当てはまるのか、どれがどれなのか、

正直よくわかりません。普通に素で考えてそう思うだけで。

 

 しかしまぁ、、、

ばあちゃんは90歳過ぎで亡くなり、じいちゃんは30代で戦死して時間が止まったまま、

老婆と青年になってしまい、

一緒のお墓ですが話が合うのか(^^;いらぬ心配してます。

 

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松田聖子さん

 

 

ja.wikipedia.org

こんにちは、台風が想像したものより(多少は被害があったみたいですが)

思ったよりひどくなくてよかったですね。用心、対策して備え、

気候がおだやかになるように大勢の方で願うと、何か天気にも影響するのでしょうか、感謝ですね。

まだまだ台風の季節ですので油断はできないのですが

 個々が、身の回りの危ない場所を固定したり、準備していたからこそ

災害も防げたこともあるかもしれません。

もちろん災害があったところもあり、被害もあり完全には喜べないのですが

何より想定より被害がなかった事は本当によかったです。

 

 

さて、

松田聖子さん、前回たまたま取り上げて、

それからちょっと深入りして子供の時以来久しぶりにじっくり見たのですが

もう良い曲ばかりで久しぶり音楽で感動しました。

子供の時は、ネットがなかったし、プロフィールなど見たことはなく

またはファンでないとプロフィールなど見れなかったと思うのですが、

松田聖子さんの歴史をwikiではじめて見ました。

 

 子供の時は、漠然としたアイドル像で普通に歌っているように見えていたのですが

今見たら、すべてが完璧ですね。声がすごく出ていて聖子さんは、

上手い下手みたいな捉え方でなく、アイドル像が固定されていたので、

そういう意識でなくアンドロイド的な、マスコット的なイメージでした。

 はるか昔、子供の時聴いた事あった曲の記憶が引き出された感じで、

かすかな記憶が蘇りました。

youtu.be今見てみると 声がよく出てますね、

歌が上手いのですがそういうのを

感じさせない不思議な感覚があります。

 

動画のコメントでもあるように 

か弱い感じで、どうしてこんな声が出るのが本当に不思議です。

 

 というかあまりに自然なので技術的なものを感じないのですよね。

たまにそんな方がいらっしゃる。

最初から技術あるなってあきらかな方と

実は気がついたら上手かったんだって後から気がつくような。

 

歌手の声が太いと言う感覚は、

普通の一般的な声が色鉛筆なら、

歌手の声は ビビットなポスターカラー、厚みがあるペンキ みたいにイメージされたらわかりやすいかも です。

こういうのはいろんな音、音色を録音してみないと

実感としてわかりにくいかと 思いますが音が細いとカサカサした感じで

オケ(カラオケ)に埋もれたり、負けてしまうのです。波形でみるとよりわかりやすいですが。

 TMの宇都宮さん、いきものがかりさんのボーカルの方も似たような印象です。

声の素材そのものがいい。

youtu.be

 

 本を読むのも勉強なりますが、

こういう完全なアイドル像の映像見ていたらトータル的なバランスといいますか、

本やセミナーと同じくらい勉強、気付きがあり、

そして気分も変わるかもしれないと思いました。

 

 そして詞が聞き取りやすく自然であり、

しかも楽曲も本当によく出来ていて、アレンジも曲の雰囲気をよく表現してあり、

当時のアイドルへのエネルギーが、いかに注がれていたのかを感じます。

聖子さんは本当に楽曲に恵まれていると思います。良曲が大変多い。

 

youtu.be 

↑ YMOの細野さん作曲で、ドラムパターンが細野さん、YMOですね。

https://youtu.be/EpMD6crESNg(細野さんと共演)

 海が舞台の曲もなんとなく多いですね。

音楽の中に出てくる男性の人物像が、

いろいろ出てきますね。

キザな人、鈍感な人、純情な人、

いろんな男性が出てきて、

もし男性(女性も)がすべて完璧なら

こういう歌はけっして生まれてこないのだと思います。

 

不完全な人間同士が、失敗を繰り返しながら生きているんです、

少しずつ反発&理解しながら 距離を縮めるのです、

現代は特に人間関係を簡単に諦めてしまう時代で、

駄目ならはい次って、それじゃドラマにならない。

1度目は緊張して慎重になって失敗。2度目はちょっと大胆にやりすぎて失敗、

3度目の正直で加減、バランスが取れたりするものなのに

1回目で完璧を求めるから 永遠のジプシーになってしまう場合もあります。

 

もしも何かを変えなければいけない時が本当にあるならば、

最初に染み付いていた今までの自分の習慣、価値を

洗い流す作業がいるので1回目で何事も出来たらもちろんいいのですが、

必ずしも上手いくわけではないのです。

 紆余曲折して自分の人生のメロディーが出来る。

自分のメロディーが出来ると、そこに他人が重なり ハーモニーが出来る、

自分のメロディーを 作らないまま、他にすぐ行くから深みがなく

感動もなくなるのでは と思いました。

 松田聖子さんは初代ガンダムの魅力と同じで、永遠に超えることができない

アイドル像だと思います。

youtu.be 今、自分が音楽を作る立場になって聴いてみると

当たり前ですが、見るもの聴く箇所が子供の時とぜんぜん違い、

 オケやボーカルの声量や、曲の構造などを聴いてしまいます。

 あと魅せ方とかも。

 

現代はアイドルで一人で勝負できる人が本当に少ないので、今の音楽シーンに

この時代の聖子さんが出てきてもぜんぜん勝負できると思います。

(何度も書きますが基本的に曲も本当にいい。)

 

女性の立場からも、男性の立場からも

なんだか甘く切なくキュンとするものがある気がしますね。

 

 「小麦色のマーメイド」とか、すごい名曲で、

音で景色、背景を描いてますね、南国風のフレーズ、

海の波や、遠く澄んだ夏空を音で描いてあります。

(現代はアレンジではなく、刺激的な音使いがどちらかというと多いです、

それが古いと言われればそれまでです。)

youtu.be

当時も何気に見てたけど、数十年後に発掘してる感覚。

セミナーや、教育動画沢山ありますが セミナーを受けている感覚で、

このような 動画でもいろんな事がいくつでも発見できる気がします。

 

結局、方法論、理屈より最後は感動で人は動く気がします。

 

聖子さんの動画のコメント見てると 音楽を

真に求めている、見ている人達が

ここに居たんだって嬉しくなりました。

  方法論に一生縛られるより、感動する人生のほうが

私は幸せだと思います。

 

今の時代は80年代より、情報も知識も 知恵もあるのに、

国は衰退していってるのが凄く変であり(一番は人口減少ですが)

昭和時代の人間より現代人ははるかに学べる環境もあるし

当時はスマホ、ネットなんてなかったのに豊でした。

  

街に水道工事がしてないと水が供給されないように、

経済が流れる構造の問題は(個々の心理的な環境の問題ではなく )

個人の思想云々ではどうすることもできなく

行政、政治の役割もかなり影響あるのではと思います。

少子化は、単純に未来への不安の裏返し、

そして経済を安定、保証したらこういうのはすぐ解決すると思います。)

 

前回の記事の続きもありますが、

根本的な構造の流れ、

どこかにダムが出来てたり、

日本国内ではないバイパスが 出来ているなら

国内の街が潤わないのは当たり前であり、

国内の経済の川の流れを作ると思ったら

こんな簡単に単純にシンプルに答えが出てくるもはないと思います。

最初の設計の問題。

 

でも、

衰退する街っていうのは、けなし合い、足の引っ張りあいも多少あるのかもしれません。

そうなると干渉されない都会へ行くのも仕方なくなるので、

相手を尊重することも大事で街の善循環を生み出すものも大切だと思います。

(妬みが強いと成功者が生まれにくい土地になり気がします。

みんなで稼ぎ、みんなで成功し、経済を回す意識がない街はうまくいかないと思いますので都会ばかり責めず、地方の努力と共調、マンネリ解消もとても大切かと。

youtu.be

話が脱線しましたが、

 聖子さんと明菜さんは、ライバルというか

対照的なイメージでしたが、こんな間柄だったとは。

明菜さんが大人っぽいイメージでしたので年上かなと

思ってましたが立場的に後輩だったなんてはじめて知りました。

 

最後に、

「あなたがいた頃は笑いさざめき」という言葉、

あの時代は苦しいことももちろんありましたが、

昭和は、経済も豊か、街に幸せが本当にたくさん咲いていました。


2004.04.02 鳥の詩 - 杉田かおる

 

 

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よき流れに♪

youtu.beちょっと古い曲ですが、これを元に選曲を。

こういう歌詞の音楽に出てくる男性は減ってきましたね

というかこういう行動パターンは現代はもう通用しなくなりましたが

女性はどうなんでしょうかね。

 (意外に物足りないのかもしれないですよ、と言いたいところですが

現代の男性はちょっとしたことでも疑われる時代になりましたので、

無難になってしまうのはしょうがない時代でもあります。)

 

 で、最近 ちょっと堅苦しい話題が続きましたので

ドライブでも行こ!みたいな軽い感じでBGMを。

youtu.be

youtu.be

 

youtu.be

 

youtu.be

 

youtu.be

お昼どきのBGM

youtu.be夕暮れ時に。

 

youtu.be空港へ行ったり。

youtu.be
そして、夜の街へ消えていき

 

家路につく。

 

 

 

いろんなすごい物を見て聴いて勉強するのは

いいのですが人間にはいろいろ、

向き不向きもあるわけであり、

 

人は人、

自分は自分で、

 

学びの時は創造の時間ではなく、

あくまで学びの時間であり、

 

創造するモードになるときは

 

自分にしか描けないものがある

自分だからこそ生み出せるものもある。

 

そう思わないと何もできなくなりますよね。

 

 車の運転は初心者のときは

いちいち動作を意識して運転してますが、

操作を覚えると、体が無意識に反応して運転していきます。

 

それで音楽を作ること、創造物っていうのは、

いや、あらゆる創造は

まさに無意識に運転しているモード、

そういう感覚かもしれないですね。

 

 自分のホームページの自分の音楽を

bluetoothで転送しながら車で試聴することがあるのですが、

音質から音楽の雰囲気まで

チエックすると改善点が見えてきますが

音の響きの心地よさも大事なんだなって思います。

内容でなく、体で受ける音像といいますか。

 

そして、少し客観的に聴けます。

 

創作モードって

 

●ちょっと無理してがんばる

 

より

 

 

○ 自分が心地いい場所

 

○ 自分が心地いいマインド

 

でいることが大事かもと思い

音楽もそういう状態で描くこと、

キャッチし描くことがよいかもしれないですね。

 

すごく表現しづらく

上みたいに書くと簡単こそいい!みたいに誤解されそうですが、

高度なものでもサラっと出る感覚。もう身にしみてる感覚

ですね。

 

学びの時間と創造の時間は切り離し、

 

学びの気持ちと、

創造の意識はぜんぜん違う意識かもしれないです。

 

 学びの気持ちで、そのまま創作に入ると

煮詰まる感じですので、

学んだ事は無意識レベルまで落とし込んで

 

 自分の気持ちの状態を整えることって大事かもです。

 

学びは緊張であり、

創造はリラックスモードなんですよね、

 

だから、お風呂に入ったりしたときにアイデアが浮かんだり

するんですね。

 

今まで意識したことがなかったですが、

創造の時も学びの意識で作ったら、小難しく理屈っぽくなってしまう。。。。

よく考えたら、そうかもしれないです。

 謎が溶けた気がします。

そして、今書いていて気がつきましたが、

 

 ↑冒頭の

 デートのスムーズな流れ

 スマホのタッチパネルの流れるような操作性

 絶妙なタイミングでやってくるコース料理

 (料理屋さんの料理が出てくるスピード感。)

 

 スムーズな流れを意識するって

とても大事なことなんですね。

こだわりも時に動き、流れを止めてしまう場合もあるし

良き流れ、悪い流れ、成長、衰退どちらにも流れがあるんですよね。

 

 うまく行くものって川みたいに隅々まで潤わせる良き流れがある。 

 

そしてあらゆる想定をしていると、次の動作、流れがスムーズになる。

 

これは気付きがありました。

(何事もスムーズではない自分に気がつきました;)

書いてみるものだなって思いました。 

今回、軽さがテーマでしたので音楽だけ貼る予定でしたが 書いてる途中で、

 

あっ仕事、世の中の物、サービスって

(思考はいろいろあって自由でいいと思うのですが)

よく考えたら 物理的には物事の角をとる、 引っかかる場所を

スムーズにして、無くしていくんだ、って思い

思考の整理が出来ました。

  

 

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 2020年の秋の装いでも。

 

youtu.be

youtu.be 物語風な映像です。こういうのは見ているだけで

なんだか想像力が湧いてきます。

 音もデザイン、背景も斬新なものの集大成ですので。

youtu.be こういうのは、カッコつけみたいな感覚でなく、

こういう事をする余裕がないからこそ、気分を転換の意味で

見て楽しむだけでもいいと思います。

youtu.be

 2021年。

時間が経つのは早いもので

もう数ヶ月で2021年なんですよね。

 ↓すごく洗練された映像で、音も、映像の質感も一番好きかも

しれないです。

youtu.be

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気になるニュース、8月に近くの海へ行きましたが

今年は海水の温度が暖かく、したがっていつも

の海の色と違い、少し濁り気味でした。

 沿岸の水が赤潮っぽかったのです。潮が動かない内海もそう

なりやすいのですが、今年は水害の影響も多少あり、木の枝や、

大型の流木、プラゴミの量がいつもよりたくさんありました。

まだまだ片づいてないゴミが大量に浮遊しています、

猛暑のこの海水温、魚も生きるのに必死です。

youtu.be

youtu.be

7月の水害の街の今現在の様子みたいです、9月2日<ですので前日の映像。

人が歩いてないのが気になります。

というか、まだお店なんて出来る状態ではないなら

人が動くわけでないですよね、経済も動かない、こういう映像は編集されてなく

リアルな様子がわかり本当に助かります。

水害でなくても、こういう場所は実は地方にはたくさんあります。

シャッター街。ネット通販の負の面です。

若者が都会へ行き老人ばかりの街。そして誰もいなくなるのです。

総裁選で騒がしいですが、

日常を奪われ、歯をくいしばり生きている現実もあるのですよね。

 

youtu.be

 台風来てますよね、こんな水害があった所に台風来たら、

さらに大変なことになります。

皆さんで雲消しましょうか。すごい人数で雲消しやると勢力がもしかして

弱くなるかもです。

youtu.bee day project+

そして 高気圧は青空が出て、低気圧は嵐になり物が破壊されるんですよね、
高気圧ってどうやったらいいんだろう、

不思議現象見てみたいです。

 高気圧ガールさん達よろしくお願いします。

youtu.be

今週のお題「もしもの備え」